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日本政府は、水俣病事件の実際の患者数を隠している

日本政府は、水俣病事件の実際の患者数を隠している

津田敏秀
岡山大学大学院環境学研究科・教授
〒703-8244岡山市津島中3-1-1岡山大学環境学研究科
tsudatos@md.okayama-u.ac.jp
2006年4月25日

環境省は、現行の水俣病の判断条件により、「水俣病患者である蓋然性が50%以上」の申請者は水俣病患者として認定されていると一貫して主張している。定量的な数字が示されている以上、根拠があり計算がなされているはずだが、判断条件が発表された昭和52年には医学的根拠は全く示されていない。昭和60年、福岡高裁判決で判断条件が批判されたのを受けて開催され発表された医学専門家会議の意見でも判断条件が是認されたが根拠は示されなかった。データも参考文献もないこのような意見は、とても医学専門家の意見とは言えない。平成3年、水俣病問題に関する中央公害対策審議会の答申も、昭和60年医学専門家会議の意見を根拠にし、データも文献も示してはいない。こんな状態のまま苦渋の決断と言われる95年の政治解決は行われた。

環境省は、「蓋然性50%以上」と言っているし、国会では1名の水俣病患者も見逃さないように決議されているのに、国側の医学者は蓋然性100%を公然と追求している。例えば熊本県認定審査会の前会長である岡嶋透氏は、「感覚障害だけの水俣病というのもあるかもしれないが、そこに線を引けば、ほかの病気の人までが含まれてしまう可能性がある」と言っている。50%含まれても構わないことを知らないかの如くだ。実際に計算をすると医学的には99%以上の蓋然性がある人たちを判断条件は認めない。またたとえ判断条件を満たすだけの症状を持っていたとしても認定審査会は、その9人に2人しか認定していないのが実態であり、その理由も弁明も発表されていない。このような現地の実態と建前の乖離を、権限を持つ人たちが、意識的か無意識か、誰も正面から見つめて議論しようとしていない。不法行為の解決には、被害者を被害者としてきちんと認識することから始まるのに、50周年の今も、それが行われていないのだ。この決定的な議論の欠如に、岡嶋氏ら医学的議論もせずに沈黙する医学者が大きな役割を果たしている。

このようにして通常の中毒症の考え方からすると患者として取り扱われる人たちのほとんどが患者として取り扱われていない。水俣病事件は医学書にも記載されている食中毒事件だが、この実態を細菌性食中毒事件のたとえで言うと、原因食品を食べて下痢をした人に対して「あなたは食中毒患者ではない」と宣言しているのと同じである。下痢は2-3日で治るが水俣病の神経症状は一生治らない。こういう患者が現地では少なくとも2-3万人いる。水俣病として認識されるために、原因食品を食べ当該症状を持つ患者は、申請を行い棄却され行政不服を行い、民事訴訟を提起するまで、少なくとも15年の歳月を要してきた。これは他の食中毒事件ではあり得ない歳月である。

科学的にも行政的にも、全く必要でない認定制度の維持をどのように行うかのところで議論が止まってしまっているから、肝心な議論が全く行われていない。権限を持っている人たちがこのような事実を全く認識せず、被害者に多大な負担を押しつけているのが水俣病問題の現状である。

参考文献

  1. 日本精神神経学会・研究と人権問題委員会:「環境庁環境保健部長通知」(昭和52年環保業262号)「後天性水俣病の判断条件について」に対する見解. 1998年, 100, 765_790.
  2. 宮井正彌:熊本水俣病における認定審査会の判断についての評価. 日本衛生学会誌, 1997, 51, 711_721.

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